「対話の会」が歩んできた軌跡を残していきます。
事務局は事務的に残していきますが、
ここにみなさんの足跡もつけていただいて、「対話」の軌跡を豊かにできたらすてきですね。
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今月の例会は、昭島市の先生の提案から語り合いました。
30名の参加でしたので、グループ討議を取り入れて、なるべく一人一人が語る機会をもてるようにすすめていきました。 「心を育てるには?道徳に時間、学校の取り組み、Kくんから再考して」 というタイトルのもとに提案された資料から、「K君に必要な道徳授業はなんだろう」ということを考えていきました。 提案者は自分の思いと「道徳授業」というものの間で揺れているようでした。 研修会などでいわれた「道徳授業」の意味も分からないでもない。・・・しかし! 自分が思うこのK君や学級の子どもたちに必要な道徳授業は・・・? 自分がいままでやってきた道徳授業は学級指導、生活指導だったのか? どうしよう? という思いが私からは感じられました。 一方で、提案者の先生がK君にかけていた 「本気で変わろうとしているの?」という言葉には「変わらないとだめだよ」という意味が暗にこめられていることや、K君は「今の自分は認められていない」と思ってしまわないか、という意見が出されました。 また、授業の主発問に 「このままでいいのだろうか?」 というものがありました。これは「よくない」と教師が言ってしまっているようなものなので、この言い方はよくないという意見も出されました。 もう一つ話し合いの中心になったのは教材文でした。 道徳の授業で題材とする教材文が適切かということや参加者自身がこの教材文をどうよんだか、ということで話し合いが盛り上がりました。 また、参加者の今までの体験によって感じ方が全く違いました。提案者の先生のねらいには「様々な考え方をする友達の存在に気付き・・・」とあったので、今回の例会のように様々な感じ方が実際の授業でも出されるかもしれないという意見が出されました。 最後に提案者の先生はこんな振り返りをされました。 ・もっとK君へ共感していきたい ・今必要なことが見極めて実践していきたい ・道徳の教材文についてもっと考える必要がある ・日常から生まれてくるものも道徳でとりあげられないか ・「道徳」とはなんだろう ・「この子を変えよう」という教師の思いが子どもにプレッシャーになっていないか? このようなことをこれから考えていきたいと思ったと語られました。 今回は学級の様子やK君のカルテから授業を考えるという少し新しいスタイルの例会でした。様々な立場の参加者から意見が出された活気のある会でした。 2人の初参加の方を迎えることもでき、うれしく思いました。 次回の例会は 10月20日(土)14:30〜 東京学芸大学附属竹早小学校 です。思いを語り合い、よりよい教育実践につなげていきましょう。 (N) PR
僕は
「このままでいいのだろうか」の部分。あそこは、ダメだからどうしたらいいかを考えさせたいという意図だと私は読みました。
つまり、このままはよくないという共有はできているということでの言葉でいわゆる「発問」ではないと私は読みました。 授業の前の指導案を検討する、大阪ではよくやっているスタイルらしいです。 例会ではなくても、少人数でやっていけるといいかもしれないですね。
コメントありがとうございます。
ここで論ずるのも何ですが、チコッとだけ。
ダメだからどうしたら良いか、ということを教師が言ってしまっていいのかな?と私は感じました。 あれでよい。と考える子はいないか? 様々な立場、考え方を狭めて、もしくは誘導してしまわないか。 それすらも意図であれば、また別ですが。 他の皆様もコメントをぜひ。
ここだからこそ、論じてみましょう!
私もあの一言は発問ではなく、クラスで共有されるであろうテーマなのだと解釈しました。
そのうえで、なかのさんに同感で、授業を通してねらいたいのは「山田君(に重ねたK君)にどう気づかせるか」にするよりも、「同じできごとだけど、人によって立場によって違う感じ方をするんだね」ということでよいのではないか、と思っています。 |
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